2010年11月28日日曜日

本物の長老様たちに感謝



 
 この10年間、マービーミュージカルの本物の「長老」として私達が精一杯活躍できる場を守り育て続けていただいた「長老」様達に感謝します。
 立ち上げの当初は大勢の方々がスタッフとして参画しみんなで盛りたてていたのに、いろんな事情があってだんだんと大人たちが遠ざかってしまって、残された「長老」達はきっとさびしい思いの中で私達を支え続けていただいていたんだなと思います。
 でも、ここ数年は、育成会のお母さん、お父さん方が参画し、らくらく連絡網という便利なツールも活用して、佐藤さんが引っ張り、子供中心のミュージカルとして今年も感動的な舞台を作り上げことができました。
本物の「長老」様達のこの10年間抱き続けた思い、そして、少し遠ざかった所から暖かく見守っていただいてる真備町のたくさんの「長老」様達・・・・
 終演後、ロビーで偽「長老」の大熊に駆け寄って「私達1回目の出演者よ。今日もとてもよかったですよ。・・・」と言葉をかけていただいたおばさん達。
 10年前、高見茂氏らが呼びかけ2年半の準備期間を経て8年前の第一回公演にこぎつけた「町民ミュージカルを創る」という理念★マービーふれあいセンターの大ホールを活かした総合的な舞台芸術の創造、真備町に新しい文化が根付き次の世代に引き継がれていく★・・・・・
 この理念はじんわりと私達の中に浸みこんできていると感じました。
 井伊長老様、野瀬長老様、たくさんの本物の長老様、ありがとうございました。

多田先生に感謝!

このブログ久しく休んでいましたが、2010年11月14日の第9回公演『小田川のゴンゴ』が終わって、8年間を振り返って、らくらく連絡網のメーリングリストに投稿したものを掲載します。
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多田先生、今年も素敵な歌をありがとうございました。

多田先生とは2002年の吉備真備で押勝の歌をレッスンしていただいた時からのお付き合い。楽譜の読めないピアノの弾けない大熊はいつもカセットテープに先生の伴奏と指導の声と自分の歌声を録音して車の中で何度も何度も聞いていました。
2002年の夏ごろ? 土曜日の午後マービーのリハーサル室でコーラスの練習が終わった後、初めてマンツーマンのレッスンを受けた時の緊張感をうっすら想い出します。

 当時の演出の土屋瞳氏の台詞指導の録音もあり、台詞もテープに吹き込んで覚えてきたので、カセットテープはこの9年間で五十本くらいになります。そう言えば多田先生が皇后を演じた時の台詞指導も残っていますね。
▼これ押勝、控えなさい。げんぼう殿、気になされるな。
実はこの時、ダブルキャストで佐藤敏恵さんも一時期、土屋瞳先生の演出で皇后の台詞を練習していたんですね。テープに声が残っています。
佐藤さんは真備の母役をしましたが、あかりちゃんは最年少5歳・村の子で出ていましたね。
公演の終わったこの時期、古いテープを出してきて懐かしく聞いています。
 この年初めて多田先生のメロディーに触れ、美しいメロディーに感動していました。

★忘れないで(2002)  
 忘れないで吉備の国のこの景色、神の庭
 忘れないで私の小さな祈り まきびよ・・・・
まだ赤ん坊の孫・吉備を抱いて都に旅立つ息子国勝夫婦を見送る祖母と村人たちの歌。
今でもライフタウンまびの四階から西の方を眺めて口ずさみたい歌です。

★美しきものの歌(2002)
楽譜への多田先生のコメント▼旅情豊かな音色で切々たる願いを込めて歌いあげられたらと思います▲
吉備とレイランの歌。1年目は、真備役、前半は当時中学3年生の柳生さやかさんが務めました。レイランは大学生の太田由香利さん。上演した2年間、こんな美しいメロディーの歌を歌いたいなあと思いながら、真備の敵役・押勝の勇ましい歌を歌っていました。
★天の原  天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山にいでし月かも・・・・仲麻呂の有名な短歌にメロディーをつけた美しい曲です。これは日名さんが歌ったかな。

2004年のかぐや姫で翁役をやって、これでおじいさん役に邁進かと思いきや、その後、吉備の冠者、黒媛、おさん狐と、年甲斐もなく若いヒロインの相手役になってしまいましたが、おかげさまで、憧れていた多田メロディーのしみじみと歌う曲を歌わせていただくことができました。いずれもなんばみちこ氏の脚本・作詞でした。

★温羅の歌(2005)  もしも仮面の下に隠れて私の思う人がいてくださるなら・・・・
★立ちのぼる光の中で(2006)  立ちのぼる光の中舞う蝶のよな媛・・・
★会うは別れのはじまりと(2006) 会うは別れの始まりと人は言うけれど・・・・
★たあさんの歌2(2007)  無残な無残なこの屍、可愛い娘よ・・・・

 2005年~2008年の三作では歌と踊りがセットで、歌詞とそこを歌う時の動きを緻密に表にして、早朝の誰もいない職場で何度も書き換えながら練習したことが懐かしく思い出されます。今回の「ゴンゴ」の歌と振り付けはそこまで緻密にはやりませんでしたが、この時期の練習が身体の中に蓄積されているのような気がします。今回、練習不足の割に本番で大きなしくじりもなかったのは、これまでの蓄積かなと思います。
 今回は、ゲネの時まで、途中で歌詞がとんだり「我らをまもる守り神」を「我らを照らす守り神」と間違えて木林さち君の指摘を受けたり、「あーれを使う時がきたのじゃ」の出だしを間違えたり、あまり完成度は高くなかったのですが・・・・。もう少し通し稽古の舞台で衣装をつけ小道具をもって歌い込んだり、早い時期に、自分の歌いながらの動きと周りのゴンゴの子供たちの動きを動画にとって子供たちと一緒に振り返りチェックし工夫する機会をつくればよかったなと思っています。
 ただ、みなさんの協働で完成した「ルエキの布」舞台の上で、お母さんたちが縫い付けてくれたスパンコールが揺らすたびにキラキラ輝いて、これをゲネの日に客席から見て、揺らすんだな!と気づいたことはプラスでした。子供たちのダンスも入り、あの曲とダンスは本公演で一発勝負の頂点を極めた・・・。
 だだひとつ・・・・
▼大熊さん、『ルエキの布』「鳥のように風のように」を「鳥のようにハネのように」と歌ったでしょ。気がつかなかった? (・・大熊・無言で首をかしげる・・・) まあ、わからんけどね。▲
 今回も多田先生は、ご自分の創りだした一つ一つの楽曲を大切にされている姿があちこちにうかがわれました。多田先生のダメ出しは毎年心に残ります。ご自分が開演前のアナウンスで通路と道路を間違えて自分でも笑ってましたけど、・・・・
こんな失敗も、小学校の時のうんちのおもらしのように、遠い未来から振り返って笑い話になるような「失敗」として心に残っていきますね・・・
「すずめのお宿」の時は、短い台詞の微妙な言い回しが難しかったですね。
▽ うまかったか?
▽ お化けぇ?!
何度もNGを食らったことが懐かしく思い出されます。
 職場で地位が高くなり年齢も上がってくると、自分へのフィードバックが周りから得られにくくなります。それでもなお仕事の中で学び成長したいと思うのなら 意識していろいろな所からフィードバックを求めるべきであると言われています。職場と違い、ミュージカルの集団の中では一人の役者として、先生から指導される立場になり、この点でも僕の生きている世界を広げてくれたなあと感謝しています。多田先生のダメ出しも、時々子供たちと一緒に怒鳴りつけられたことも、8年前に土屋瞳先生に一度だけ思いっきり叱られたことも、いい思い出になっています。

 多田先生は今回のパンフレットの「ご挨拶」で、全9回の公演のなかで146曲を提供したと書かれています。
▼思えば10年前、手探りで始まった初めての作曲でしたが、キャストたちの思いや一生懸命な姿、そして何よりも元気な歌声が私に感動を与えてくれ、常に曲づくりの原動力であったように思います。皆さまの心に響く曲が一曲でもあれば、作曲者としてはこのうえない喜びであります。▲
 大熊妻によれば、今回は、最後の『みんなのうた』が心に残ったようです。
 今回は、脚本は佐藤先生でしたが、曲については、作詞・作曲とも多田先生が担当しました。
 大熊の手元には三つの脚本があります。
●a 4月24日配布 カッパA B C・・・など名前が入っていないもの
●b 6月1日配布  カッパや村の子に名前が入り、配役が決定した段階
●c 8月17日配布 多田先生の作詞部分が入り、ゴンゴの台詞が真備弁に修正。
「みんなのうた」については、佐藤先生の最初の脚本に、こういうコメントがあった。
▼全員の歌
 誰でもみんなひとりでは生きていけない。お互いに思いやり助け合い生きていこうみたいな内容。歌い始めだけ 少しカッパA(後の かんた)のソロが欲しいです。▲
 その後、子供たちとの話し合いでゴンゴや村の子や村人の名前が決まり、多田先生の作詞と真備弁への修正・・・。多田先生が付け加えたMα 神の子ゴンゴ は一旦、最後の長老の台詞とセットで削除されましたが、10月に長老の最後の台詞は復活。大熊がアレンジして演じました。多田先生の本番直前のコメントは▼長老は、もうすこし動いたら・・・
 ひとりでは実現できないことのために、みんなの力を合わせるということは、決してすんなりいくとは限りません。異なる才能、異なる考え、異なる強みを持っているから、その人たちのコラボレーションが創造的になるのですが、しかし、そこには、様々な個性のぶつかり合い、葛藤を伴うものだと思います。
♪♪ 世の中は苦しいことも悲しいこともすべて生きていくための試練・・・・
個性のぶつかり合いや葛藤もまた、よりよいものを生み出す為の「試練」として、受け止め、乗り越えてゆきたいものです。

 多田先生、今年も有難うございました。

■ この写真は、2002年12月1日 第一回の公演が終わった打ち上げの会で・・・




■ この写真は、2009年10月 国民文化祭しずおか で、『すずめのお宿』を上演した時、プロカメラマン撮影