2007年7月25日水曜日

真備町の「総おどり」イベントに出演  070728

真備町全体の「盆おどり」にあたる「総おどり」

今年は、真備と船穂の商工会が合併したので、

第一回 真備・船穂 総おどり

として行われる。



毎年行われてきたこのイベントで、ミュージカルのグループも、毎年、ステージショーに出演してきた。




大熊は、土曜の午後で、仕事が抜けられないことが多く、参加したことは無かったが、今年は、

カメラマンとして、参加予定。







2007年7月21日土曜日

台本をいただいた  070721(土)

先週は台風で、練習が休みだった。
今日は高校生グループが休んで、小学生以下の子供たちと
大人のみ。

きのう、70部印刷したという、「おさん狐」の台本を、人海戦術で製本して、ホッチキスで留めて、配ってもらった。

小学生低学年で漢字が読めない子供もいるが、去年などは、幼児で、ひらがなも何も、そもそも日本語の文字が読めない子供が、
練習で、ちゃんとせりふが、演技の流れに沿ってしゃべれるというのに驚いた。

大熊も、台本を朗読し、自分のせりふをしゃべったものを録音し、車を運転しながら、あるいは、こうして、パソコンを打ちながら、「ながらBGM」で、何度も何度も聞いて、耳で覚えるということをやっている。

演劇に出会って、改めて、書かれた言葉の相対的な「位置」が理解できたような気がする。
人間は、文字を発明するはるか以前から、話し言葉や身振り手振りでコミュニケーションしていた。

しかし、「道具」としての書き言葉も、楽譜も必要だ。役に立つ・・・。


さて、070728(土)は、真備町で、商工会主催の「総おどり」が行われて、ミュージカルのグループもステージに出演する。大熊は、土曜の昼間なので、いつもパスしているが・・・。
今年は、倉敷市の文化振興課の秋山さんに、本日はじめてお会いして、

   ● くらしき文化サポーター  http://kurashikibunka.blog106.fc2.com/

に、写真を投稿することになったので、仕事の合間に出かけるかもしれない。

2007年7月14日土曜日

今日は台風で練習中止 吉備の自然の中で・・・・ 070714



今日は、台風四号接近で、練習中止。
去年も確か、台風で練習が飛んだことがあった・・・・。



去年の『吉備の黒姫』だが、大熊は、黒媛を吉備の国まで追いかけてくる仁徳天皇役。


結構たくさん、ソロやデュエットで歌う部分があった。

扇を持って初めての「日本舞踊」に挑戦して、舞いながら黒媛とふたりで歌った。

その中の一曲


『雲は山の峰から湧き・・・』  
        なんばみちこ  作詞  多田敏恵 作曲

吉備の国は美しい
雲は山の峰から湧き
青空を のどかに行くよ

花咲き薫る 野に出でて
愛する方と ともに
青菜を摘めは
かぐわしい香に染まるよ

黒土を手に 握れば
心潤う 大地の香り
命ある 幸せに染む

さあ 差し上げよう吉備の
国の土から 生まれた
この青菜  
この燃え立つ 緑を


黒媛と天皇が交互に歌う。
振り付けは自分で考えた。

吉備の国の自然をたたえる歌だ。

大熊は、訪問の車の中から、緑のなだらかな吉備の山並みに、
本当に、雲が湧き出しているような景色に出会い、
思わず車から降りてシャッターを切った。

今年、『おさん狐』
狐の嫁入り・・・・虹・・・・・ 
虹は、去年の暮れに、二度続けて見た。
日が差しているのに、運転中の窓ガラスに雨粒がかかる・・・・太陽と反対側の空を見上げると
虹が出ている・・・・。

大熊はどうも狐に化かされる庄屋のおじさん役になりそうだ。
本物の野生の狐に、この真備の自然の中で一度出会ってみたいものだ。

2007年7月8日日曜日

歌の練習が始まった  070707(土)


7月中は、土曜日の1900-----2030の一時間半が練習日。


071125上演の「おさん狐」の、みんなで歌う歌の練習が始まった。
といっても、大熊が風邪で休んだ、070616と070621に、他の方はもう始まっているのだが・・・。


作詞は脚本のなんばみちこ先生
作曲は多田敏恵先生

楽譜の読めない、楽器の演奏できない大熊としては、いつもどおり、注意事項を楽譜にメモしながら

録音を取りながら、ピアノ伴奏でみんなで歌って、

そのテープを、運転しながら、あるいは、家でパソコンを打ちながら、
BGMとして、何度も何度も聞いて、【みみでおぼえる】という方法で、身に着けていく。


歌については、テープ録音が、反復練習のための基本条件だ。

これで、5年間やっている。


CDで編曲後の伴奏だけのものが配られたら、歌入りと歌無しを交互に録音して、

これもBGMで、いつも流しておくようにしている。


大熊流ながら練習法と命名したい。






2007年7月5日木曜日

昔の吉備音頭を習う


2007年上演の、「おさん狐」のなかで、終戦間もないころの時代の真備地区のアキのお祭りシーンがあり、そこで、古いバージョンの「真備音頭」をみんなで踊ることになっている。


070630の練習で、はじめてこの真備音頭を習った。


去年の、「吉備の黒媛」のときのフィナーレの「吉備賛歌」を、全員で歌いながら踊るシーンの練習で、踊りの振り付けをパーツに分けて、それぞれを【コードネーム】で呼ぶことで、覚えやすくする「技」を開発した。


これは、炭坑節の踊りで、
  ●掘って、掘って、また掘って
  ●かついで、かついで、あとすざり
  ●押して、押して、チョチョンガチョン

というように、振り付けを、覚えやすいように適切な名前をつけて覚えていたことを、ベースにしている。


さて、真備音頭の振り付けのコーディング・・・・

◆1   ちょちょんがちょん
◆2  行こうか・やめよか・考え中      右手前後から  ×左右で2回 二回目で、輪の外を向く
◆3  ぽん・ひざ・前              右膝から  ×左右で2回
◆4   押して・押して        右から???        輪の外向きに   ×左右で計4回
◆5   はらって・はらって     左から???×左右で計4回
◆6   うえぽん・したぽん       右はらいで、左足から前へ  ×3回
◆7   ぐるりと回ってお月様       一回のみ
◆8  セーフ・ちょうだい        右足から前???  ×2回
一回の練習で、コーディングをメモしながら、デジカメの動画で撮影して、あとで右が先か、左が先かなどの、細かい点を振り返り記録する。
これで、正確な反復練習のベースができる。
つぎに、メロディと歌詞を何度も聞いて、耳にしみこませるように覚えながら、踊りを載せていって、反復練習あるのみ。
「上達の科学  効率のよい努力を科学する」(岡本浩一  PHP新書)という本にあるテクニックを活用している。

2007年7月1日日曜日

2006年上演「吉備の黒媛」について  060930のDCネット・フォーラム投稿記事より



■ 自分の中の古代史ブーム

12月3日に地元のマービーふれあいセンターで上演される町民ミュージカルで、今年は、『吉備の黒媛』を上演しますが、大熊は、黒媛の相手役の仁徳天皇を演じることになっています。毎週火曜と土曜の夜、二時間ずつ練習しています。

 昨年見に来ていただいた、元気老人の皆さんから、「近づきましたねえ。」と声をかけられます。今年も楽しみにしてくれているようです。仁徳天皇の国見の話しというのがあって、仁徳天皇が狩りに出て山に登り、家々からかまどの煙が立ち昇っていないのを見て、人々の暮らしが貧しいから煙が立ち昇っていないのだということで、三年間、貢物や賦役などを免除したという話です。

 この物語は、現在、明治時代の末から昭和の終戦まで、小学校の国史の教科書に載っていた有名な話で、毎週火曜日にショートステイに入ってくる80台の男性は、よく覚えていました。また、別の男性老人にこの教科書に載った挿絵をみせて、「これ、誰かわかる??」と聞いたら、「そりゃあ、にんとくてんのうじゃろう。」と答えてくれました。

 大熊は、仁徳天皇の役作りもあって、古代史の「入門書」を文庫本で次々買って、一時読み漁りました。台本の中に、古事記のなかで、仁徳天皇や黒媛の詠んだ歌が織り込まれており、日本古典文学大系の「古代歌謡集」を古本屋で手に入れて、その項だけを読みました。 

   ▼ 山縣に 蒔ける青菜も 吉備人と 
          共にし摘めば 楽しくもあるか  ▲

 地元岡山県では、黒媛伝説は、県南の総社地区とともに、県北の津山市勝北町にも残っていて、この町でも、町民ミュージカルで「吉備の黒媛」を毎年上演しているそうです。真備町では、これまで、町名の由来にもなっている、奈良時代の政治家・文化人・吉備真備をテーマに2回、かぐや姫、桃太郎と温羅伝説と続いて、5年目に黒媛伝説を取り上げています。町内の、井原鉄道の高架の橋脚に、地元の中学の美術の先生と生徒が、吉備真備の絵とともに、黒媛のイメージ画も描いています。

 ここに書かれている歌も古事記からの引用で、黒媛が難波の宮へ帰る仁徳天皇にむけて詠んだとされています。

  

 ▼ 大和へに 西風(⇒”にし”と読む)吹き上げて 雲離れ   退(そ)きおりとも  我忘れめや ▲


 解説では、この歌は同じものが、丹後風土記に浦島の子を送る神女の歌として載っていて、「独立芸謡」の改作歌とされている。


 日本初の前方後円墳である奈良のまきむく遺跡の発掘を基にした、古代史の最近の学説では、二世紀末の北九州には、邪馬台国に代表される豊かな大陸文化を享受した小国があり、一方、当時は後進地だった近畿地方に、九州から吉備を経て移住してきた航海民が、三世紀のはじめに、独自の「首長霊信仰」を精神文化の支柱にして大和朝廷を誕生させ、日本統一の動きが始まる。そのころまだ東北では、縄文文化の繁栄の余韻が続いていた・・・・。四世紀、大和朝廷は、出雲や北九州を従え勢力を伸ばしていく。朝鮮半島にも進出したとされる。五世紀になって、奈良盆地から河内平野に朝廷の本拠地を移す。現在の堺市に日本最大の前方後円墳である仁徳天皇陵が作られたのはこの時代である。

 この同時期、吉備でも現在の総社市に、同じ規模の前方後円墳が作られており、吉備の豪族は大和朝廷のよき協力者として、製鉄や製塩の技術などもこの時代に吉備から大和に伝えられている。黒媛伝説は、このような五世紀の大和と吉備の深い関係を物語るものと考えられる。

 また、中国から伝わった漢字によって8世紀の奈良時代に、「古事記」の中に書き言葉として書き記された歌は、何百年もの間人々の中に歌い継がれていたものを、これも神話として語り継がれてきた天皇の物語の中に取り込んだものだ。


  12月3日のミュージカル上演に向けて練習が続いている。今年もまた、「ひと皮むける」体験が出来そうだ。

070630土曜日、マービーミュージカルin倉敷の練習に久しぶりに参加。
今年は地元真備地域に伝わる民話「おさん狐」を題材にした、子供中心のミュージカル。
公演は071125日曜日。1回きり

0603にオーディションも終わって、多田敏恵先生の作曲も進んでいる。
脚本は、去年の「吉備の黒媛」に続いて、なんばみちこ先生。

大熊の役は・・・・???
練習風景と「芸」を身体で覚える技のプロセスを公開したい。